2013年10月25日金曜日

第21回日本山岳耐久レース(後編)

第2CP月夜見、5:58到着。

月夜見のウォーターエイドでポカリスエットを補給。
装備していた水は3リットルあったが、ハイドレにあるメダリストを1リットル、OS1ジェルを0.4リットルを消費しただけで半分以上余っていた。

ここで補給しないという選択肢もあったが、不意の脱水、水漏れ等何が起こるか分からないため、いつものようにボトル満杯になるまで補充し、入らない分はその場で0.3リットルほど飲んだ。

ちょうど隣でチーム100マイルの松村さんと一緒になる。
足の具合が良くないが走れている様子。お互いサブ10を目指しているので一緒にいると気合が入る。
補給を終え、滞在時間2分程度で御前山へ向かう。

3.月夜見→長尾平(58km)
月夜見を出て最初の坂を駆け下り、下り基調のシングルトラックを走る。
ここから先はほぼ全区間、攻めに転じる計画だ。

しかし動作は裏腹に。
補充したてのパックがやや重かったが、それよりも身体が重く感じる。
さきほど一気飲みしたからか。それとも前半の疲労が出て来たのか。
ギアチェンジしてスピードに乗るべきところで乗れない。


























先ほどまで一緒にいた松村さんは前方に行ってしまった。

マズい。ペースが上がらない。
小河内峠を越えて御前山(46.57km)への登りに入っても状況は変わらず。

攻めるというより耐える走りでなんとか御前山到着。
サブ9.75目標:6:43、実績6:51。大きく差が開いてしまった。

御前山を下って大ダワ(49.77km)へ
去年よりはペースアップしているものの、今年の目標には到底及ばない。
つづら折りの坂はコーナーをアウトサイドからインサイドに抜けるのが有効だが、曲がりきれないクルマのようにやや大回りに抜けていく。急ぐあまり周囲を見渡す余裕がない。

大ダワ到着。サブ9.75目標:7:12、実績7:24。
9時間45分から12分も遅れてしまった。

後退する一方のタイム、サブ10も危ない状況になってきた。

脳裏にゴール後のシーンが浮かんでくる。
サブ10出来なかった自分、仲間から惜しかったねと労われる光景。
残念だったけどよくここまで頑張ったと言われる。肩を落としつつもPBでしぶしぶ納得する自分の姿。

一瞬、この世界に浸りそうになった。
そういう事を想像するのは、辛くてもプッシュしなければならない状況で逃げ出したい気持ちになっていたからかもしれない。妥協の産物。

我に還った。
まだ終わったわけじゃない。

9時間45分の目標から、現実的なサブ10死守の設定に切り替えた。

残るは最後のボス、大岳山(53.71km)である。
太岳山頂までは急登な岩場、だけど距離は短い。ここでも歯を食いしばって自分をプッシュしていくしがない。何人かのランナーにパスされつつも自分の行ける最速のペースを維持する。

このあたりはサブ10を意識しているランナーが多く、たまにサブ10行けるかどうかの会話になる。「ギリギリですね~、頑張りましょう!」と答えた。

大岳山到着。
サブ10から6分の貯金。なんとかサブ10圏内を維持する。残り15kmで6分の貯金があるのは心理的に大きい。

大岳山からは下り基調で第3CP長尾平へ。岩場を駆け下りていく。
そして間もなくフラットなダブルトラックに入り、さらにペースを上げる。

タイム的にはそろそろ長尾平に到着する頃なのだけど、まだ何も見えない。設定タイムが高すぎたか、トップスピードで走っていても想定しているタイム内に到着しない。

6分のマージンが徐々に削られていく。

第3CP長尾平到着。

サブ10目標:8:32、実績:8:33。
6分のマージンは幻だった。区間タイムの設定が高過ぎたようだ。
サブ10の貯金はゼロ、いよいよ後が無い。

ここからゴールまで13km。
去年は1時間27分で走った。セブンさんとかなり飛ばした記憶がある。
そのペースで走ってギリギリ9時間59分台。もし何かトラブルが起きたらアウトだ。

崖っぷちの状況。
ここまで来たらやるしかなかった。
長尾平を出ると一気にロングスパートを掛けた。

今やらないときっと後悔する。

御岳山の旅館街。
いつもならようやく人里に帰ってきたという気持ちになれたが、今回はその余裕はなかった。
再びトレイルに入る。

下り基調の中にも小刻みな登りはあるが全部走る。ここで苦しまなかったら、ゴール後に悔しさを味わうだけ。

「絶対に、絶対にやってみせる」念仏のように唱えた。
頭の中は血の気で赤く染まっていた。

ラスト唯一のピーク、日の出山。
登りでひとりのランナーに会う。
苦しそうな様子。その方もサブ10を目指している。

「絶対にサブ10やってやりましょう!」
それは同時に自分への掛け声でもあったかもしれない。

無我夢中。
大腿筋が軋み、呼吸は大きくなる。

金毘羅尾根を下り、アスファルトの路面に入るとさらにスピードを上げる。
ラスト2km、女子4位の外国人選手をパスした。

時計を見ると9:45頃。あと1km強。
サブ10は確実、頑張れば9:50切りを狙える。
下りの勢いを維持したままに平地を走り抜け、ゴールゲートに身体を放り込んだ。



















9時間49分58秒。

サブ10。
1年前にこの場で宣言したことが実現した。

夢のように遠い存在だった目標を、狙いに行って掴み取ることが出来たのが何より嬉しかった。

ロングスパートの代償か、ゴールしてから1時間は息が整わなかった。


■タイムチャート振り返り
















第2CPの月夜見までの前半は耐えて後半攻める作戦だったが、後半思うように伸びず苦戦を強いられた。考えられる点は2つ。
・後半攻めるだけの余力がなかった。→実力不足
・月夜見のウォーターエイドでポカリをがぶ飲みした →急激な補給による変調

第3CPからスパートを掛けることが出来たことを考えると、脚が残っていなかった訳ではなく単に登り区間で登りの出力が足りなかっただけかもしれない。
登りでの出力強化と効率的な走り方をもっと身に着けなければならない、そう改めて思った。

■順位(合計、区間別)












9時間45分からサブ10ランナー(91位まで)のタイムを並べつつ自分の順位を比較してみた。
黄色いセルが自分。
スタートから第1(73位)、第1から第2(99位)、第2から第3(90位)、第3からゴール(60位)という結果に。
区間毎のムラは以前よりはだいぶ少なくなってきたものの、三頭山、御前山、大岳山がある第1から第3までの順位は若干落ちている。サブ10ぎりぎりもしくは圏外のペースだ。
数値でもわかるように登りの出力強化と効率化は課題であることがはっきり分かる。

加えて、最近成長していない下りの上達にも取り組んでいきたいと思う。

■消費
  携行 消費
食糧 1個あたり 個数 合計   個数 合計  
エナジージェル 165 12 1980 kcal 8 1320 kcal
アミノバイタル 18 16 288 kcal 8 144 kcal
トレイルミックス 160 2 320 kcal 0.5 80 kcal
スポーツミネラル 10 6 60 kcal 0 0 kcal
メダリスト 53 5 265 kcal 0 0 kcal
しそ梅 49 1 49 kcal 0 0 kcal
OS1 10 2 20 kcal 2 20 kcal
2982 kcal 1564 kcal

リットル  個数  合計   個数  合計
ハイドレ(メダリスト) 1.5 1 1.5 リットル 0.8 1.15 リットル
ボトル(メダリスト) 0.6 2 1.2 リットル 0 0 リットル
OS1ジェル 0.2 2 0.4 リットル 2 0.4 リットル
ポカリ(月夜見補給) 1.5       0.8 1.15 リットル
3.1 リットル 2.7 リットル

暑くなると予想して水は多めに持って行ったが、多過ぎたと思う。
保険を加味して2.5リットルで十分だった。
OS1ジェルはナミネムさんからアドバイスいただき持参。身体への吸収率が良く、しかも消費後はパックが嵩張らないので非常に有効だった。次回以降のレースでも積極的に使おうと思う。

■次に向けて
今年の大きな目標だったサブ10は達成したが、まだまだ課題はあると思った。
課題を見つけ解決していくことが、私にとって走る楽しさのひとつでもある。

自分の限界に挑戦する意思がある限り、これからも前を向いて進んでいきたいと思う。

2013年10月22日火曜日

第21回日本山岳耐久レース(前編)

またとない晴天となった第21回日本山岳耐久レース。
またの名を長谷川恒夫CUP。通称ハセツネ。

2時間の電車移動を終え、武蔵五日市駅を降りると、会場に向かう道は暖かい陽気。
そのせいかレース直前の緊張感はなく、どことなく穏やかな気持ちになれた。
緩やかに登るこの道を歩きながら、この日まで自分がやってきたことをぼんやりと思い返していた。

■2012年ハセツネ

10時間46分
自己ベストを45分更新。
初めてのサブ11。

もうこれ以上のタイムは自分の能力では出せないだろうと思った。
今まで11時間中盤を行ったり来たりしていた自分が全力を振り絞って出したタイムだったから。
けど、同時にこうも思った。

「サブ10を達成する。」

サブ10とは、ハセツネのコース71.5km、累積標高4,500mを10時間以内で完走すること。
例年、参加者2,200人のうち、上位3~4%のランナーがゴールするタイムである。

これは出来る出来ないの話ではなく、
サブ10まであと47分という位置まで近づいて初めて「サブ10の挑戦権」を
手にしたような気がしたから。
権利があるなら思い切ってぶつかって行くしかない。

ゴールして早々、サブ10を宣言した。
何の勝算もなく、気持ちだけで。

■鍛錬の日々

サブ10は、気持ちだけでは走れない。
だから、自分が今足りないことを洗い出し、課題に取り組んだ。

1)登り克服
これは永遠のテーマ。克服するには登るしかない。
走行距離は600kmを踏んでいるものの、トレイルは練習全体の2割くらいしか走れていなかったので、ハセツネ直後から練習の場を鎌倉トレイルに変更した。これなら毎日トレイルを走れる。
また、負荷に耐える力をつけるために普段の練習でも2リットルの水を入れたパックを背負った。

2)更なる全身持久力の強化
言い換えると長時間高いレベルで活動を続ける力。
今までの100マイルレースを通して全身持久力はある程度持ってはいると思っているが、 高い出力を維持するにはまだ課題があると思っていた。

全身持久力は最大酸素摂取量が関係している。
最大酸素摂取量とは、1分間に取り込まれる酸素の最大量。 全身持久力を強化するには酸素摂取量の高い、つまり強度の高い練習をおこなう必要がある。
ペース走主体の練習方法を見直し、坂ダッシュ等短期的に自分を追い込むメニューを取り入れた。

3)体脂肪削減
体重64kg、体脂肪率は12~15%。
自分にとって好きなものを好きなだけ食べることは、ある意味聖域。
多くのアスリートが10%を切っている中では脂肪が多い方である。
「食事は活力だ」なんて言い聞かせながら自由奔放に食べて来たが、仮に体脂肪を5%落とすことが出来たら体重は3kg強減ることになる。軽量は魅力。走る上で体重は軽い方がいい。

そこで無理のない範囲で6月から食事制限開始。夕飯のご飯を3杯から1杯に減らした。
体脂肪を5~8%台まで落とすことが出来た。

やれることは沢山あった。

効果はすぐには表れなかったが、徐々にレース結果として芽を出してきた。
4月UTMFで29時間完走、7月おんたけウルトラ100マイルでサブ20時間総合6位の結果を残すことが出来た。

特におんたけウルトラ100マイルでは、自分が場違いなほど上位でレース展開を行い、肉体的に辛い場面でもプッシュし続ける精神力がついた。今までは辛い場面になると楽なペースに逃げ込んでしまいがちだったが、レースを戦うための大事な気持ちを身につけることが出来たと思う。

気持ちだけではどうにもならないが、気持ちが欠かせない場面がきっと来る。

■当日の装備



















いつもの野人装備。
そして食糧と水は以下の通り。

食糧 1個あたりkcal    個数       合計
エナジージェル 165 12 1980 kcal
アミノバイタル 18 16 288 kcal
トレイルミックス 160 2 320 kcal
スポーツミネラル 10 6 60 kcal
メダリスト 53 5 265 kcal
しそ梅 49 1 49 kcal
OS1ジェル 10 2 20 kcal
      2982 kcal


     リットル    個数         合計
ハイドレ(メダリスト) 1.5 1 1.5 リットル
ボトル(メダリスト) 0.6 2 1.2 リットル
OS1ジェル 0.2 2 0.4 リットル
3.1 リットル

レース前にOS1のペットボトルを1リットル飲み干し、体内水分を確保。
Ultraspireのボトルホルダー付ウェストベルトは迷った挙句使わず、薄いベルトに変更。

■目標タイム




















目標はサブ10。
だけどサブ10ペースギリギリで行くと全く余裕が無くなるので、保険を掛けて9時間45分切りのペースを設定した。また、今まではCP毎の設定タイムしか出していなかったが、kegさんのハセツネ攻略マップやナミネムさんのアドバイスを元に主要ポイント毎までブレイクダウンした。
第2CPの月夜見までは脚力を温存し、後半攻めまくる戦略。ただし、もともとのペースが速いので月夜見までの設定タイムも過去最速。いずれにしても、自分にとってはレース全般気を抜くことが出来ない設定となっている。

■レース前

野人の仲間とレース会場の体育館で合流。
今年はチームウェアで参戦することが出来、皆で盛り上がった。
思えばもともと、年1回ハセツネで出会う仲間の輪が徐々に広がり、日本野人の会というチームとなった。だからハセツネにはみんな特別な思いがある。




















他にも体育館には多くのトレラン仲間がおり、お互いの健闘を誓い合う。
会う仲間会う仲間から「絞ったなぁ」と言われた。そう言う皆も相当絞れている。
皆がハセツネに向けて照準を合わせて来ていることをひしひしと感じた。

12時、スタート1時間前になると、それぞれの目標に向かってスタート地点へ向かった。

■レース展開
1.スタート→浅間峠(22.66km)
13時、号砲とともに選手がスタートラインから雪崩出した。
幸いにも前方に位置することが出来たので、スタートからのロスは30秒ほど。

歓声に包まれながら、選手の間を縫うように先を急ぐ。
ここから今熊神社まではダッシュ区間。スタート地点から右折し暫くするとOSJのドン、タッキーさんがいた。お互いのサブ10達成を誓いつつ、先を行かせていただいた。

身体が軽い。アスファルト区間は飛ぶように走る。みんなダッシュに近いペースで走っているのだけれども、それでも周りが自分の後方に吸い寄せられていく。

今熊神社に到着。
ハイカーの方が教えてくれた順位によると100番手あたり。スタートの混雑から抜け出し、だいたい順当な位置に来たと思った。
今熊神社に入ってすぐのトレイルでは、左右の分岐がある。右は本線で混んでいて、左は尾根で走れる数百メートルの区間。毎年右側を走ってしまい歩きを余儀なくされるのだけど、今年もまんまと無意識に右側を選んでしまった。気付いた時には既に遅し。尾根を走る先ほど追い抜いたランナー達に再び抜かれてしまった。自分、学習してないな。。。

小刻みなアップダウン、急登とランナーに揺さぶりを掛けるようなコース。
今まで自分が苦手としていた急登、膝に手を当てそう悪くないペースで登る。

ここでチーム100マイルの庄司さん、小林さんに遭遇。
急登なのに負荷が全くないような軽やかな足取りで上空まで登って行く。さすが馬力が違う。

入山峠(7km)到着。サブ9.75目標:0:53、実績:0:48。
5分貯金。いいペースで入ることが出来た。



















市道分岐(11.7km)から醍醐丸(15.29km)までの区間は、フラットな路面から始まり急登。
例年ペースが鈍る場所なので、意識してペースを落とさないようにする。
第2CPまでは脚を温存、勝負はこれから。

醍醐丸(15.29km)。サブ9.75目標:1:52、実績:1:57
いきなり5分のビハインド。サブ10目標の通過タイムも1:55だったので焦る。

次の第1CP浅間峠(22.66km)までには何とか巻き返さないとならない。
去年の自分より10分速いペースで進んでいるものの、これがサブ10の厳しさか。。

ジェルを30分おきに少量飲み、水分を補給する。
天候は思ったほど暑くない。トレイルに入ればむしろ涼しいほどだが、補給は腹が減る、喉が渇く前にこまめに採る。

巻き返しを図るべくペースを上げる。
心拍数は145bpm程度。ペースを上げても心拍は上がらない。余裕がある証拠。
浅間峠に到着。サブ9.75目標:3:01、実績:2:54
なんとか軌道修正。区間タイムを細かく設定したお陰で早めの対処が出来た。



















CPからの登りでは多くの方から応援をいただいた。
ハセツネには食糧エイドはないけれども、応援は何よりも有難い気力のエイドだ。

2.浅間峠→月夜見(42.09km)
この区間のポイントは三頭山(36.32km)までの登り。
タイムチャートに記載した通り、辛いのを耐え忍ぶ区間。
ここでペースを維持できないとサブ10は夢の彼方へ消え去ってしまう。

喰らいつくように走った。
苦しい登りを歩かず走る。
鏑木さんからアドバイスしてもらった「膝を曲げない登り」を意識しながら。
でも出来てるような出来ていないような。
会得と言うには程遠い状況だが、それでもペースは維持出来ている。

三頭山(36.32km)到着。サブ9.75目標:5:02、実績:5:03
なんとかオンタイム。昨年の自分より30分速いペース。

ペースが速いと苦しさが増す分、苦しむ時間も短い。
昔は三頭山までの登りは、延々と続く無間地獄のように感じていたが、それとはだいぶ違う感覚だった。サクッと苦しみサクッと終わる。そう考えると多少なりとも気が楽になった。

ここからは下り基調。
手を抜いてる訳ではないけど、下りは昨年から大きな進歩はない。
もともと下りは得意分野だったが、歳をとって捻挫が怖くなったせいか、身体が固くなったせいか、今はドタバタと無様な走りをしてしまう。

ここ数年は登り克服に注力して来たので、下りの強化はまた今度。

大きなペースアップもロスも無く、第2CP月夜見(42.09km)到着。サブ9.75目標:5:54、実績5:58

ここからは御前山(46.57km)、大岳山(53.71km)と二大ボスとの戦い。
目標達成にはさらなるペースアップが求められる区間。
しかし、ここで大いに苦しむことになる。

(後編に続く)

2013年8月5日月曜日

おんたけウルトラトレイル100マイルレース 2013

去る7月13日(土)、おんたけウルトラトレイル100マイルレースに行ってきた。




















■2013年、100マイルのラストレース
2013年に出場する100マイルレースは、このおんたけで最後。
本当は9月の八ヶ岳に出たかったのですが、所用により参加出来ず。
思いがけず今年は少し早い100マイルラストレースとなった。(でも100マイル以外は出ますよ)


おんたけの100km2回走ったことがあるけど、100マイルの方は初めて。
100マイルのコースといえば、心折れてしまうコースとして有名。

基本は100kmのコースとほぼ一緒だけど、コース上に3か所、100kmコースから外れて約20kmずつループする箇所がある。ループするということはつまり、迂回してグルっと元の場所に戻るということ。


レース前にこの地図を何度も見たけど、何度見ても気が滅入る。
そして三番目、最後のループはゴールまであと6kmと迫りつつもさらに20kmのループへ引き戻されてしまう。

邪悪な双六以外の何物でもない。

100kmコースを1.6周した方がまだ気分的にいい気がする。

まぁいろいろと辛い妄想をしつつも、それでも心の底ではワクワクしているのだから、我ながら変態だと思う。


















ループの難易度が分からないものだから目標タイムは特に決めず、
ざっくり19時間から22時間くらいの間でゴール出来ればいいかなと思っていた。

■レース前
今年は、IZU TRAIL JOURNEYUTMF多摩川源流ぐるり等を走ってきて感じたことがある。
それは、「補給の大切さ」、「身体の重さ」、「右足の違和感」。


まず最初に補給の大切さ。
50kmを超える長丁場のレースは、水や食糧の補給なしでは走り切ることが出来ない。
特に燃費の悪い私は、マメに補給をしないとハンガーノックに陥ってしまう。
IZU TRAIL JOUNEYでは、走れるコースで調子に乗って補給を疎かにしていたところ、途中から急に身体が動かなくなりハンガーノックに近い状態になった。補給してしばらくしたら走れるようになったけれども、回復するまでに相当な時間のロスがあった。こういう経験則は痛い思いをしないと身につかない。

これに懲りた私は、30分~1時間おきに必ずジェルやトレイルミックス、アミノ酸の補給を自分に義務付けることにした。

次に、身体の重さ。
身体がだるくて重いとか体調不良という訳ではなく。。。
純粋に体重が重い、体脂肪が多いという話。
体重64kg、体脂肪率17%。つまり脂肪が10.9kgもあるというわけ。
体調はバッチリで身体が動いているものの、10kg近くの体脂肪を抱えて走ることが重いのは想像するに容易い。
周りのランナーは体脂肪率10%程度なのに対して、重量ハンデがあり過ぎる気がしていた。
いや、知ってはいたけど目を背けていたのかも知れない。好きな食事を我慢したくないから(苦笑)
そんな自分でも、体重が重いカロリーを多く消費する補給品の荷物が多い余計にカロリーを多く消費する
そんな悪循環をどこかで改善したいと思っていた。

だから、6月からの1ヶ月は夕食の糖質補給はなるべく避けた。
いままでご飯三杯食べていたのを一杯のみに制限し、体重を64kg→60kg、体脂肪率を17%→14%まで減らした。
体脂肪は10.9kg8.4kgに減少。と言ってもまだまだアスリート体型とは程遠いのだけど。。。

最後に右足の違和感。
自分には「膝が正面を向いてるのに右足のつま先が外側に向いてしまう」そんな違和感がずっとあり、先日、ランニング仲間のサメさんが経営する治療院で診ていただいた。分かったのは、自分は右足が外側に倒れるアンダープロネーション(写真左)である事。

自分では膝が内側に倒れる感覚があったのでオーバー気味かと思っていたけど、真逆の結果だった。













考えられる原因は筋肉の固さと内外筋力のアンバランス。
通常は、臀部にある中殿筋や梨状筋が脚を外側に引っ張り、内側の縫工筋や薄筋で均衡を保つものだけど、内側の筋力が弱く、足が外旋してしまっている。サメさんに中殿筋をほぐしていただき、さらに内側の筋肉を意識しながらエクササイズすると、ニュートラルな状態(写真右)に戻った。
違和感の原因が構造的に分かり本当良かった。走り込むだけでなく、ストレッチもしっかりやらねばと痛感。

それからというもの、内側の筋肉を鍛えるためのストレッチと、バランスを意識したランニングフォームを心掛けている(つもり)。

レース当日
野人の会の武田さん、純子さん、瀬ノ口さんと一緒に車で移動。
いつもは電車でひとり移動していたのだが、諏訪パーキングでランチしたり楽しい旅路となった。
特に渋滞に遭うこともなく14時前に現地入り。

100マイルのスタートが20時なので、到着して最優先すべきは睡眠。なのだけれども、うまく寝れたためしがない。
ウェアや装備品のチェックをしたりニューハレ貼ったり、忘れ物はないかとどうも落ち着かない。
結局、1時間ほどしか眠れなかった。

夜スタートはレース前の睡眠確保が難しい。努めて横になるようはしたけれど。


スタート~第一関門(52km
20時、王滝小中学校をスタート。100マイルは総勢100人超といったところ。
100マイルだけにスタートのペースは緩やか。
それでも身体が高揚しているのか前に前にとペースアップしていく。

ペースを自重しつつも、前を見ると前方に6人しかいない。

<まさかの上位>
心拍数は160bpm強。
無理なペースではないので、ペースを維持したまま走る。
沿道では、夜にも関わらず多くの方が僕らランナーを応援してくれた。
ついにお祭りが始まったんだな。

最初は登り基調のロード、そして5kmほど走ると林道へ。
いままで感じていた右足が外に開いてしまうという違和感もなく、着地した右足の動力がそのまま減衰することなくキックに活かされている感じがする。

いつになく登りが力強い。

序盤ながら、思いがけない順位に場違いな感覚を持ちつつも、淡々と走った。


























15kmほど走ったところで1度目のループ。
100マイルコースの者は、100kmのコースを20kmずつ合計3回、ループというコースの迂回をしなければならない。パラパラと雨が降る中、スタートから5km地点の林道入口にぐるりと戻った。
それまでに二人程に抜かれたが、そもそもが上出来なポジション。
身の丈にあった順位になるまでは抜かれても仕方ないと割り切っている。

<>
レース開始から約2時間、20kmを過ぎた頃から徐々にペースが落ちてくる。
ここでトレランポール投入。

パラパラと降っていた雨がこのあたりから徐々に本降りに。
林道の至る所に池が出来始める。
雨の中のひとり旅。

去年のおんたけは大雨。私は出場しなかったが大変なレースだったようだ。
シューズが水浸しになり、ふやけた足で100マイルを走り、足の皮が剥けてしまった話を聞いていた。剥けた足で走る痛みはどんなに辛いだろう。

だから、極力足の中は濡らしたくない。
しかし、林道の池は徐々に大きくなっていき、足の踏み場がない状態になっていく。
上から降る雨と下に立ちふさがる池の中を走っているうちに、いつの間にか足はずぶ濡れの状態となっていた。

<二人旅>
すると、後ろからまたランナーが。
その選手は私に追いつくと私の名前を呼んだ。
去年の富士五湖112kmを走った時、本栖湖辺りをご一緒したことがある中井さんだ。
中井さんは走力が高いランナー。富士五湖では最後までついていけなかった。
ヘッドライトの薄明かりの中、よく自分を見つけてくれたものだ。

中井さんと会ったのは、レース開始から3時間ほど経過した頃。
普段の練習も長時間走がなかなか出来ないので、3時間以上走るとペースが落ちる時が来る。
3時間でエネルギー切れするウルトラマン。。。ダサ過ぎる。
今はまさにそんな時で、ペースを維持するのが辛い状態だった。

そんな時、幸いにも中井さんが声を掛けてくれて、会話しながら並走した。
ひとりで走ると歩きっぱなしになりそうな登りも、走りを織り交ぜる。
相手を待たせては悪いと思い、お互いが前を引っ張っていくような相乗効果で前を行く。
決してオーバーペースではないけれど、一人で走る場合に起きてしまうペースの「ムラ」が無くなったような気がした。

登りで、ゼッケン番号一桁台のランナーに抜かれた。
力強い走りで付いていけるペースではなかったので、競うことなく自分たちのペースを維持。
続けてもう一人にも。。

緩やかに順位を落としてはいるが、決して遅いペースではないと思った。
中井さんとは、頑張りどころと抜きどころのポイントが似ている。
平地・下りではしっかり走り、登りは極力無理しない。走力的に近いランナーと走れることで、いいリズムで走れている。

ひとつめのループを終え、第一関門通過。タイムは6時間11分。
旅の仲間を得て、意気揚々としていた。

第一関門(52km)~第二関門(103km
スタートしてから6時間強。
まだレースは始まったばかりだが、すでに総距離の3分の1を走っている。 
一般的な100マイルレースは制限時間が3648時間あるが、このおんたけは制限時間が24時間である。
100マイルレースとしては異常な短さ。
私のペースでキロ6分強、走れるレースだけのことはある。

関門を通過すると2つめのループに突入。
下り基調でペースがどんどん上がる。
走力のある中井さんと一緒に走ると本当に心強い。

<やる気スイッチ>
下り基調のロード区間に入る。
右手には王滝川が流れ、所々に狭いトンネルが通っている。
一人で走ったら結構心細いコースかも知れない。

二人の呼吸がシンクロしながら、キロ5分弱でペースを刻む。
「休もう」その一言が出そうになるけどなかなか出ない。一人だったらペースダウンしてしまいそうだが、相乗効果で走りが乗っている。前にも後ろにもランナーがいない状態だったが、間違いなくトップレベルで走れていると思える区間だった。
滝越を越え、ようやく100kmコースに復帰。
登りに入る手前でスタッフの方々が待っていた。中にはKINGさんも。
「今、9位、10位ですよ~」とKINGさんが教えてくれた。

もう少し後ろだと思っていたが、10位以内に入っていたのか。
入賞圏内?そう思うと自分の中でスイッチが入った。
世に言うやる気スイッチ。自分のスイッチは目の前のニンジンなのだろう。

登りに入ると、一人100マイルランナーを追い越した。先ほど抜かれたゼッケン1桁台のランナーだ。
自分は登りに弱いランナーのくせに、登りで上位ランナーをかわしているではないか。
「ひとりひとり拾っていきましょう!」
中井さんにそんな強気な言葉を掛けながら、鼻息荒く駆け上がっていった。

70kmを過ぎると徐々に空が明るくなってきた。朝だ。
殆ど人がいない100マイルコースから急に100kmコースに合流する。
ランナーが列を成して走っており、とても賑やかだ。

全然レベルは違うけど、ヤマケンさんがアンドラで感じたスーパーマリオの「無敵モード」に近い感覚だった。
自分は大食いだから、無敵状態のパックマンといったところか(笑)
目の前にいる100kmランナーに声援を送りながらパクパク食べていく。
普段なら登りでへこたれているというのに。あり得ない展開を楽しんでいた。

再び第一関門(72km)に到着。
そこには100kmランナーが50人以上集まり、野戦基地のような状態となっていた。

無敵状態で食べ過ぎたパックマンはトイレに行きたくなった。
2基しかないトイレに10人以上並んでおり、10分以上のタイムロスは必至。まぁ長旅なので仕方がない。
関門ではとも子さんに会うことが出来た。調子良さそう。
結局15分近くロスしてしまったが、好調な状態を維持したまま第一関門を後にした。

トイレで並んでいる間、中井さんが私を待ってくれていた。
70kmあたりから少し辛そうな感じだったが、さらに私を待って身体が冷えていないだろうか。
本当申し訳なく思った。

おそらくこの間に数人に抜かれたと思う。
挽回すべく先を急ぐ。

しばらく一緒に走っていると中井さんからGOサイン。先を行けと。
体調が思わしくないようだ。
今まで50km近く一緒に走ってきただけに、淋しく思った。

中井さんが復調して再び一緒に走れることを祈りつつ、75km地点付近で一人旅となった。

<一人旅>
第二関門までのコースは100kmコースと同じ。
100km地点までは下りと平坦路、100km地点過ぎると103kmの関門まで300m程登る。
ガレ場をつんざくように下る。

ガレ場は嫌いではない。
足裏に来る岩の突き上げは怖くないし、走行時の着地時間が短ければバランスを崩すリスクも少ない。
100kmランナーを追い抜きながら100マイルランナーを探すも、なかなか捕まえることが出来ない。
こんなに自分以外のランナーを意識したのは初めてだ。

途中、私が所属するランニングチーム「TBRC」の岩井さんに遭遇。少し辛そうに歩いていた。
距離的にはあと半分、ここが踏ん張り所と思い激励した。

<苦境>
100kmランナーを抜き続けていたが、90kmを過ぎてくると徐々に抜けなくなってきた。
自分がペースダウンしているのか、周りのランナーが速くなってきているのか。おそらく両方だろう。
無敵状態はいつの間にか終わっていた。

100km地点を過ぎた登り区間は、非常に辛いものとなった。
動かない脚に鞭打ってポールにすがる。
抜いてきた100kmランナーに続々とパスされる。

急登な訳ではない。
辛いが歩き続けてしまったらダメだ、そう思い、走ることは止めなかった。

100マイルはいい時ばかりではない、必ず悪い時も来る。
そこをどう乗り切るかが重要なんだ。

今年参加したチーム100マイルでは、「疲労度の高い状態からのレース展開」について特に学ぶべきことが多かった。
練習会の参加こそ少ないものの、鏑木 毅さんと100マイルの仲間の練習風景からも、重点的に取り組んでいるテーマなので、この重要性が伝わってくる。

自分は精神的に弱く、辛い時は踏ん張ることが出来ない。
すぐに楽な状態に逃げ込んでしまうというか、ペースを落としてしまう。
晴れてきた空からの陽射しがジリジリと追い討ちを掛ける。

そんな状態だったが、isoさんがいつか言っていた「11秒を大切に….」のフレーズが頭をよぎった。
この区間を無駄にする訳にはいかない。

とにかくもがいた。




























苦しみながらも、12時間30分程で第二関門到着。
後から知ったが区間6位の成績だった。
途中、15分のトイレ休憩や辛い区間もあったが、何とか凌げたと思う。

■第二関門(103km)~第三関門(115km
第二関門にはトレラン仲間が大勢いた。桑原さん、ランブラーさん、isseiさん。
スタッフのかおちんさんからドロップバックをいただき、さっそく食糧補給。

食欲は十分ある。
100マイルレースでは脚以上に内臓が大事。
座ってしまうと走る意欲を失うので、立ったまま荷物を詰め替えた。
同じく野人の小口さんにドロップバックを預けて、約5分後、関門を後にした。

スタッフに順位を伺うと、8位だった。

<境地>
第三関門までは下り基調の12km
レース中、最も短い区間だ。

先ほどまでの疲労は、いつの間にかふっと軽くなっていた。
苦境を乗り越えた後、身体が復活するというのは本当だった。
休んで回復を待つのでなく、攻めても回復することが出来た。これは大きな違いだと感じた。
100マイルのセオリーを自分で体験出来たことを嬉しく思った。

下りのガレ場を夢中で突き進む。
大腿筋が太いだけあって、ガレ場の衝撃はしっかり受け止められる。
精神的にも余裕が出て、時折、岩をスライドさせながらライドを楽しみながら走った。

第三関門到着。
タイムは、13時間23分。区間5位。
誰も抜いていないはずだが順位は7位に上がっていた。

■第三関門(115km)~ゴール(155km
エイドでは蕎麦が振舞われたので、お代わり。
つゆの塩分が殊更旨く、全部飲み干した。

じろーさんが応援に来てくれていて、元気をもらった。
頭から水をかぶり、出発。

<天国>
第三関門からゴールの間には、最後の難所、3回目のループがある。
1,400mのピークを2つ越えて、ループに入る。
公式HPにはループの高低図は載っていない。登るのか下るのか全く分からない。

残り40kmには何が待ち受けているのだろう。
不安がよぎりながらもプッシュし続ける。

そんな時、見覚えのある人が現れた。
たくじさん。
なぜこんなところに。

よく見ると、グレゴリーの旗を掲げた私設エイドステーションがあった。
そして、なんとコカ・コーラを振舞ってくれているではないか。
しかも氷入りと来た!

まさに「ガレ場に下りたエンジェル」である。
一緒に走っていたランナーと一緒に黒炭酸の天国を味わった。

<ループ到来>
120kmを越え、100mのアップダウンを経て、131km地点の小エイド、氷ヶ瀬に到着。
ここからあと5kmでゴール地点なのだが、100マイルはここから20kmのループに入らなければならない。
右に行けばゴール、左に行けばループ。
まさに天国と地獄の選択のようだ。

ウォーターエイドで水分を補給し、スタッフの方から自分が6位であることを教えてもらった。
またいつの間にか順位が上がっている。先行するランナーも苦戦しているのだろう。
最後のループは、ひたすら登り。
今までのループは下り基調だったため、また下りじゃないかと淡い期待をしていたが、見事に裏切られた。
裏切られた分だけ余計にキツく感じる。

残り20km、食糧も底を尽きかけていた。
最後のジェルを飲み干し、残るは僅かなトレイルミックスだけ。
燃料切れといつまでも終わらない登り、そして後方から来るかも知れないランナーに不安を抱き始めていた。
柄にもない。

水が尽きてしまったので、湧き水から水を補給する。
後方が気になりながらも背に腹は替えられない。

5kmほどで登りは終わりと聞いていたが、その5km
登りきった後、踊り場のような場所を走っていると左の崖から黒い影が。

熊だ!

熊も驚いたのか、一瞬現れたかと思うとすぐに姿を消した。
ワンテンポ遅れたが、怖くなって熊鈴を振りまくった。

初めての熊遭遇に慌てふためいた。
もし熊と対峙していたらどうなっていただろう。。。
後ろから熊が来やしないか内心ヒヤヒヤしながら先を急いだ。

再び100kmコースに復帰。
残り10km、ここまで来たらやるしかない。




















氷ヶ瀬までの林道をがむしゃらに駆け下りていく。

ここは誰もが走り飛ばす区間、ラストスパート。
何が起こるか分からない。
本当のトップアスリートはこんな時、順位へのこだわりよりも自分の走りに集中しているのだと思うが、自分はそうではなかった。初めて背負う入賞へのプレッシャーに、走る喜びよりも逃げる焦燥感を味わっていた。
凡人は泥臭いのだ。

最後のロード。あと5km
前も後ろも気になって仕方がなかったが、守りの走りだけはしたくない。
先行する100kmランナーをひとりひとりパスし、松原スポーツセンターにたどり着く。
最後の登りを走り通し、バックストレートに入る。

ゴール前をダッシュで駆け抜けた。




























155km、19時間4301秒、自分の旅は終わった。

総合6位、年代別1位。

思いがけない順位に喜びも苦しみも味わった。
普段は順位へのプレッシャーなんて微塵も感じることはなかったが、今回は上位争いの厳しさを経験することが出来た。
苦しくても自分をプッシュし続ける精神力。
自分にはまだまだ備わっていないと思った。
だけど、今までよりも攻めの姿勢で走れたことは収穫だった。


ゴールしてS-LAB5を脱いだら、足の裏は擦り向けていた。


小学校の50mですら一等賞になったことがない鈍足が初めて獲ったのは、100マイルレースの一等賞。
この経験を無駄にせず次につなげていきたい。