2012年12月1日土曜日

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレース<後編>


関門に到着すると、中央にたき火、奥にテントがある。
そこで多くのランナーが暖をとったり食事をとるなどして英気を養っている。

テントでは汁物が振る舞われており、有難くいただく。
また、8個ほど持っていったジェルが尽きかけていたので、カントリーマームやバナナ味のスポンジケーキみたいな固型のお菓子を移動用に何個か詰め込む。
次のエイドではデポジットできるので、それまでの辛抱だ。

最後に気付けのコーラ。
やはりエイドにはこれがなくては。

長居をしたい気持ちを抑えて関門を後にした。























■コース概要 第二関門-第三関門
第二関門(96km)の松原湖公民館前から第三関門(145km)の女神湖まではロードと林道ながら2つのピークを超える夜間ステージ。特に2個目のピークの大河原峠は、標高2,100mで夜間は氷点下になる。未知の寒さと遭遇する。














第二関門(96km 松原湖公民館前)―第7エイド(110km 八千穂レイク)
デポジットがある八千穂レイクまでの13kmはひたすらロード。車道沿いの歩道を行く。
民家も店もないただの道路。見えるのは数百メートル間隔で点灯するランナーだけ。

ロードによる足への衝撃を避けるため、落ち葉が敷き積もっていた場所を敢えて選ぶ。

長く緩い登り。
普通に走れば13kmという距離は1時間程度で到着する距離だが、ペースが落ちている今は時速6km程度で2時間強か。

ストックを使い、ケツ走りで駆け上っていく。
多少の登り坂は走る、これだけは続けようと決めていた。


前方には、ストックを使ったランナーがいる。
登りでもペースを落とすことなく小刻みなフォームで駆け上がっている。

彼の姿を目標にしながら、しばらく追走する。


登りでは左足首の痛みは少し収まってきた。






















ようやく100km地点到着。
あと60km(苦笑)

まだまだ中盤なのだ。
折れるにはまだ早いけど、あと60kmもあるのかというのが正直なところ。


標高1,700m付近。
登りがひと段落し、踊り場になってきた。
小刻みなアップダウンが3kmほど続く。
たった3kmといえど、走っているときは無限のように思えた。

登りで先行していた大原さんが追い付いてくる。

私より遥かに力強いパワーウォーク。
歩きの速さが全然違う。

お互いの健闘を誓い合いながら別れ、すぐに見えなくなった。


下りになると再び足首の痛みがぶり返す。

好きな下りなのに身体を突っ込めない辛さ。
後続のランナーに次々と追い抜かれていく。

ダメダメな走りをしている自分が本当に情けないけど、情けないなりにゴールを目指さなければならない。絶対に完走すると決めたのだから。

夜間でこれくらいの標高になると寒さも本格的。
ニットの手袋では指先が完全に冷えてしまう。

もう一枚持って来ればよかったと後悔したが、後の祭り。

応急措置として手持ちのビニール袋で右手を覆い、左手は小さなジップロックの袋に無理やり突っ込む。
不格好だが手袋1枚よりはマシ。

下りと寒さに喘ぎながら第7エイド、デポ地点に到着。

■第7エイドにて
エイドではDMJの礒さんがサポートとして道案内をしてくれた。
走っていても寒いのにサポートはどれだけ大変だろう、本当に頭が下がる。

エイドの中心にはたき火があって、その周りに折畳み椅子が囲んでいる。
ここでデポの荷物を取り出しながら皆、支度をしている。

たき火に当たり暖をとるものの身体が温まらない。
ジェル等のゴミをデポ袋に入れ、新しいジェル5本を新たに詰め込もうとするも、手が震えて作業が捗らない。
寒さと眠気払いに、エイドで販売していた1杯100円のコーヒーを買って少し落ち着く。

隣には先行していた大原さんがいた。
レース中、手が寒くてどうにもならなかったことを話すと、なんと私にご自身の手袋を貸して下さった。ご自身はGOREの手袋をするから大丈夫だと。。

神に思えた。
私は誰から困っているときに同じことが出来ただろうか。

次々とランナーが到着し、たき火の周りに集まってくる。
ここはある意味、この八ヶ岳のレースを凝縮しているような場所だった。

早々と準備を終えてコースに復帰するランナーもいれば、この場で微動だにせず動けなくなったランナーもいる。
極寒レースの洗礼がまさに始まっていることを感じた。

おそらく氷点下であろうこの寒さは、バーサライトジャケットだけでは当然凌げない。
当初はデポでモンベルのストームクルーザージャケット1枚を上に着ようと思っていたが、それだけではどうにも心許無い。
私は、使うことはないだろうと思っていたユニクロのウルトラライトダウンを取り出し、中に着込んだ。

食糧と防寒具を装着し、動きたくなくなる前にエイドを出発した。

第7エイド(110km 八千穂レイク)―第8エイド(125km 林道内)
エイドを出発してすぐの所に直進方向に案内板があったので、その矢印に沿って道路を下る。

二重にした手袋は風を通さず随分と温かい。大原さんのお陰だ。
デポした上着も十分に機能しており温かい。
今まで走ってきた汗も、ファイントラックのドライレイヤーのお陰で体に残留することなく外に排出され、汗冷えも防げている。

道の周りにはなにもない。
暗い木々かコンクリートの壁だけ。
無機質な下り。


気分転換できる要素がないまま、また足首の痛みとの戦い(第?ラウンド)が始まる。

やや角度がある下り。
しばらく走り続ける。

コースの目印と思われる赤いカラーコーンがたま~に現れるが、それ以外の案内板がない。
カラーコーンにも「OSJ」の文字はなくよく見ると「...トライアスロン...」みたいな小さな文字。

本当にこの道であっているのだろうか。。。
不安が膨らむ。

時折後続のランナーが現れるといくらか安心するが、同じようにミスコースしたとも限らない。

戻って確かめるほどの精神的余裕も無駄も出来ないため、疑心暗鬼のまま下り続けるしかない。

そう思い、下り続けた。


さらにしばらく下りると、意外な場所にエイドが。
どうやらコースは合ってたらしい。

ロードから林道に切り替わる場所、あれ?もうエイドに着いてしまったの?

ともかくコースが間違ってなくて良かった。

温かいお汁粉をいただき、身体を温める。
食欲は依然として旺盛。
足首は痛むものの体内にエネルギーは満ちている。

ガソリン満タンのサスペンションが逝かれた故障車みたいなものだ。

エイドの案内を見ると、どうやらここから25kmはエイドが無いらしい。
第8エイドが予定地より手前に変更になったのか?
恐らくここはまだ120km辺り。

レース前夜祭は、飯にありつけなかったのでコース説明を聞かずに外食してしまったので、ここの話もあったのかも。

止まり過ぎて身体が冷えないうちに林道に入って行く。

第8エイド(125km 林道内)―第9エイド(135km 大河原峠)

足首の状態は少しずつでも確実に悪化している。
平坦路でも痛みでストライドを稼げない。思うよう走れず次々と抜かれる。

林道を下りきると突然、川が現れた。
川幅3m水深30cm位だろうか。

スタッフもいてこの川を渡るよう案内される。
「石が凍っているので気をつけて下さい~!」
凍ってる?そしてそこを渡る?

川に横たわる石は表面が完全に凍っていた。まじでツルツルに。
まじか。

選択肢は、この凍った石の上を渡るか、それとも川の端まで行き水深の浅いところで入水するか(当然足は濡れる)
川で足を濡らそうものなら、このあと氷点下のコース上で凍傷にでもなりかねない。

ストックを川に突き刺し、石の上でバランスを取りながら、なんとか濡れずに渡った。


しかし、ストックがなかったら確実に川に足を突っ込んでしまっただろう。
そう思うとぞっとする。

11月4日(日曜日)
日付が変わった。

標高1,100m。
ここから2,100mまで林道を登り詰める。すでに氷点下であろう地点からさらに深みへ。

限り無き氷点下への挑戦が始まる。

走ることは諦め歩く。
なるべくリズミカルに。
右っ左っ右っ。

しかし左足首がやはりリズムを維持出来ない。
結局、右っ、右っ、右っとなってしまった。

前方には青いジャケット姿のランナー。
sokenさん。
寒さと眠気でかなり辛そうだ。

決して他人事ではない状況。
辛いけど頑張ろう。
そう誓い合って先を進んだ。

夜はやはり眠い。
私にも睡魔が襲ってくる。

眠気で、視界が狭まりぼやけて来る。
真っ直ぐに歩いているつもりでも身体がふらつく。

ストックを突いたまま立ち寝しようと何度も思った。

変わり映えしない林道。
つづら折りに登って行く道は、さっき登って来た道と見間違うほど似ている。


景色が変わらないのは精神的にきつい。

標高が100m上がる度に気温は○℃下がる。
次第に雪が舞い始め、林道沿いの小川には巨大な氷柱が現れる。

背後から車のヘッドライト。
大会の車と救急車が通り過ぎる。
上で何かあったのだろうか。

低体温症になったランナーがいても不思議ではない。

眠い痛い寒い。
三重苦。

個人的にはだんご三兄弟の方が好きだ。

氷点下のこの場所では止まるも地獄である。

止まることも許されず、混濁した意識の中を進み続ける。


記憶がかなり曖昧だが、恐らく標高1,900mあたり。
転機は訪れた。

背後から岡野さんが現れ、フラフラになっている私を見かねて声を掛けてくださった。
私は今の辛い状態をありのまま話した。

そして岡野さんがウエストポーチからおもむろに出したのは、痛み止めのロキソニンと胃薬、それに眠気覚ましの眠々打破。

「ロキソニンだけだと胃が荒れるから胃薬も一緒に飲んでね。」

有り難すぎるお言葉にただただ感謝しか言えなかった。

岡野さんだって辛い時間帯なはずなのに、ご自分の装備を分け与えて下さるとは。
でも、強がって「岡野さんに悪いから要りませんよ」と言えるだけの状態ではなく、本当に欲しかったものをいただいた有り難さで一杯だった。

八ヶ岳には神がもうひとりいたのだ。

早速、眠々打破とロキソニンと胃薬を流し込む。

お礼を言い、岡野さんを見送る。


効果が出るのにそれほど時間は掛からなかった。
視界がぼやける程の眠気は次第に薄らぎ、左足首の痛みは嘘のように消えた。

薬が効いている4時間が勝負。
切れたらもう一錠ある。
切り札を得た安心感は半端ない。

頂上まであと標高200m。
痛みの消えた足は足取り軽く、登りも訳なく走破する。

今まで抜かれまくったランナー達に追い付き追い越す。
痛み止めでこんなに変わるものなのか。。。

時折現れる下りでも、足首の痛みがない(正確に言うと感じない)ので思い切って攻められる。

しばらくすると岡野さんに追い付いた。
岡野さんのおかげで復活出来たと改めて感謝した。

130km走破。
残り31km。

ようやく最高地点の2,100m地点に到着。
地獄の林道が終わり舗装路へ。

明かりが見えた。
渇望していた大河原峠のエイドだ。

エイドの手前でサポートをされているケノケノさんが声を掛けてくれた。
氷点下10℃の世界でランナー達を待っているのは神業に等しい。

すぽるちばの皆さんによる公式エイド。
先ほど林道を登っていた救急車が停車していた。
何かあったと言うより待機しているような感じだった。

テントには湯気が立ち込めており、温かいスープやお菓子が並んでいた。
序盤に一緒に走ったしんやさんも出迎えてくれた。

コーンスープを一杯いただく。
温かいスープが胃袋に落ちていくのが分かる。

極寒の楽園。
大河原峠のエイドはまさにそんな場所だった。

しかしここにずっと居るわけにはいかない。
居れば居るほど動けなくなり、ここに落ち着いてしまうだろう。

ポテトチップスを頬張り、皆さんにお礼をして早々に発った。

第9エイド(135km 大河原峠)―第3関門(145km 女神湖)
大河原峠からは舗装路の下り。
ロキソニンが効いているお陰で走れる。

路面は全体的に乾いているが、端の方は所々白く凍結している。
前日に雨でも降っていたら滑って危ないかもしれない。

スリップしないよう、方向転換をなるべく少なく駆け下りる。

このあたりで足首の痛みがぶり返して来たため、ロキソニンと胃薬を再投入。

ロードが終わるとトレイル、そしてスキー場へ。
スキー場の斜面を直滑降ときた。

草が伸びてフカフカな斜面は時に足を取られる。
コブになっている箇所も所々あり、踏み場を誤ると膝に要らぬ負担を掛けかねない。

上下動する上体を抑えつつ2段の斜面を駆け下りた。

女神湖。
湖の周りをグルッと一周し、第三関門に到着する事となる。
UTMFのゴール前で河口湖を回らされたのと似たような展開。

関門が近くにあるのにわざわざ遠回りしなければならないのは、心折れそうになる。
それも試練のうち。

取りあえず、湖を周回する外灯を頼りに走る。

AM5:04、第三関門到着。
スタートから24時間が経過した。
レース前半では24時間以内ゴールも夢ではないと思っていたが、やはりそう甘くはなかった。
でもくやしさは無い。

関門横にはレース最大級であろうエイドがあり、お菓子や汁物ご飯等をもてなしてくれた。

有り難いことは有り難いけど、残り16kmちょっとでこんな豪勢にしてもな...とも思った。
エイドを厚くするなら野辺山近辺と八千穂あたりが嬉しい。

と言いつつ、あるものは有り難くいただき、5分程度で関門を出発した。


■コース概要 第三関門-ゴール
第三関門(145km)の女神湖からゴールの蓼科湖プール平までのコースは、前半5kmは白樺湖まではひたすらロードを下る。そして白樺湖からはトレイルに入り最後のピーク、八子ヶ峰へ向かう。
そこから先は下りだけだ。














第3関門(145km 女神湖)―第10エイド(150km 白樺湖)
残りはあと16km。

ピークはあとひとつ、八子ヶ峰だけ。
これから朝陽が登るため、頂上に着いても氷点下まで冷えることはないだろう。
しかし、140km走ってきた脚で500m登るのは決して楽ではない。

今は嵐の前の静けさ。
次のエイド、白樺湖までは街道を緩やかに下っていく。

不意に、対向車線で車が止まった。
車から現れたのは、なんとトレラン仲間ののぶかさんと夏香さん。

レース前にウェアリングを写真付きで報告した際、載っていた黄色いジャケットを見て、私だと分かったみたいだ。まさかすれ違いざまに見つけてくれるとはっ。
元気に走れていることを報告をし、激励をいただいた。

再び一人旅に戻る。

徐々に周囲が薄明るくなり、ヘッドライトを消す。
ようやく日の出。

完全に日の出となった頃に白樺湖到着。
周辺は観光地っぽく綺麗なホテルが目に飛び込む。

「白樺リゾート 池の平ホテル」である。
CMで見たことがあるのでちょっと感動。

白樺湖を南下、右側に湖を望みながら走っていると最後の第10エイド到着。

最後のトレイルに入る前にある最終エイド。
女神湖で十分補給はしてきたが、目の前に食糧があるとついつい手にしてしまう。

バナナを頬張った。そしてエナジードリンクのモンスター。

スタッフの方が「モンスター、冷たいのにしますか?温かいのにしますか?」と声を掛けた。
モンスターって温めて飲むの?ちょっとどんな味が不安だったので冷たいのにした。
後から仲間に聞いた話によると、ホットのモンスターもなかなか旨かったらしい。。。

最後の補給を終え、最後の区間に突入する。

第10エイド(150km 白樺湖)―ゴール(161km 蓼科湖プール平)
ラスト11kmは、八子ヶ峰を登ってゴール地点の蓼科湖プール平まで下るトレイルとロードのコース。
最後にどんなトレイルが待ち構えているか楽しみでもあり、怖くもあった。

うねるようなロードの登りを越え、眼前に現れたのは、





















なんとスキー場だった。
スキー場を登るのか。

それもひと山ではない。
登り切ってしばらく移動してまたスキー場を直登するのだ。
無理やり累積標高を稼いでいるような、そんなコースだ。





















ひとつ目を登りきった下界の景色。
徐々に朝陽が当たり始めている。
遮るものがないので、向かいの山の起伏が鮮明に見える。


ひとつめの山を登り切ったあとは、踊り場のような場所を往く。
朝陽に照らされるすすきが輝き、花道のようだった。

スキー場直登2本というえげつないコースではあるものの、登るとそこは美しい世界。























2つ目の直登を上がり切った直後、八子ヶ峰でスタッフの方に撮っていただいた。
ここが頂上だと思い込んでいたのだが、実はまだ登りがあったというオチがつく。。。(苦笑)




















再びすすき野原を行く。
すすきが朝陽に照らされた光景は、まるで「風の谷のナウシカ」さながら。

有名なシーン、ナウシカがオウムの触覚に包まれた金色の海原のようである。




















さらに登ると道標に到着。
道標には白樺湖と蓼科湖の方面が記載されていた。
蓼科湖まであと何kmあるか、それが知りたかったのだが。。。

標高1,800m付近、尾根伝いで何度も偽ピークに一喜一憂しながらようやく本当のピークに辿り着く。

最後の下り。
残り3kmを標高1,800mから1,300m付近まで一気に駆け下りる。

八子ヶ峰までの登りはスキー場直登だったが、ここから先も同様の斜度。
そして細いけもの道や岩場を下っていく。

タイムはもうどうでも良かった。
ゴールさえ出来れば。

気温は徐々に上がりダウンジャケットも不要な状況だったが、ゴールまで間もない距離、暑いけど我慢。

八子ヶ峰のトレイルが終わり、ロードへ。

「あと2.5km!」
スタッフの声。

え!?意外とまだあるなぁ。

ここまで着たら多少の誤差など気にしても仕方ない。

街道に通じる小路を抜け、ラストの登り。最後の最後の踏ん張り処、嫌がる脚を走らせる。

登り切るとゴールが見える。
沿道の声援。

どんなに疲れていても疲れても、やはりゴールでは元気な姿を見せたい。

走る走る、走る。

27:38:01、私の八ヶ岳100マイルが終わった。
















※礒さん、撮影ありがとうございます!

■レース後
このレースはただ100マイルという距離だけではない。11月の八ヶ岳がいかに厳しい寒さなのかを思い知った。延々と続くロードで左足首は象のように浮腫んでしまった。
身体へのダメージという点ではUTMFより大きかったと思う。

510人中138人完走(完走率27%)という数字がレースの厳しさを物語っている。

実際、大原さんと岡野さんの救いが無かったら、完走も難しかったと思う。お二人あってのゴールだ。

レース直後、滝川さんとお話する機会があったので、レースの過酷さを率直に伝えた。
すると夏への時期変更も検討するかもしれないとのことだった。

伺った時はいい案だと思ったが、でもすぐに思い直した。

極寒の100マイルレース。
この過酷な条件のまま来年も開催して欲しいと。

過酷さゆえ、装備等のレギュレーションも厳しくする必要だと思うが、また11月に開催して欲しい。
そして私もまた八ヶ岳の地に戻ってきたい。

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